1B 2022/04/13版 

1回 怖いもの1 補足資料

ホラー映画の快楽と悪夢ー映画的恐怖の創造、悪夢、ゾンビ


*講義ページ(B)のオリジナル・テキストです。授業の内容をより深く知りたい人はこちらを参照してください。


夢と映画と恐怖


1 映画と夢の共通点


・スクリーンの夢


 映画を観るのと、夢を見ることは似ている。絢爛豪華な船旅、未来世界の惑星探検、絶世の美女との恋、モンスター退治。映画は自分と違う他者になって、別の世界を体験するような感覚を与えてくれる。映画館の暗闇の中で、(リビングのモニターの前で)視覚と聴覚を映画に委ねると、現実から離脱して別の世界に行ける。より正確にいうなら我々の主要な五感の二つ(視覚と聴覚)が映画により束縛された状態で、シートに身を沈めて身動きできないまま、私たちは約二時間の非現実的な時空に行って戻ってくる。映画館の暗闇に浮かび上がる光の窓のような輝くスクリーンに映写されるイメージは、あたかも意識の中から湧かびあがっては消えるような夢を見ているのと似ている。


 いったい夢と映画の間には、どのような類似点があるのだろうか。映画はどのようにして夢と似た効用を発揮するのか。映画は夢の代替物として、あるいは人工の夢として、どのように機能してきたのか。

 

・夢と眠り


 夢を見るメカニズムは、いまだに謎に包まれているが、ほとんどの夢は浅い眠りであるレム睡眠の間に見ている。レム睡眠とは急速眼球運動(Rapid Eye Movement)を伴う睡眠のことだ。ベッドに入り眠りにつくと、それから約九十分程度で最初のレム睡眠が訪れる。このとき現実の体験時間は分断されてしまい、それまでの覚醒時に持続していた脳の時間感覚が持続できなくなる。眠っている間は筋肉が弛暖して、目から入る情報が、視覚中枢に伝わる前に、脳幹のある部位で途切れがちになる。耳から入る情報も耳小骨の筋肉がゆるんでいて旨く伝わらない。こうして空間の認識が不明瞭になり、それまで居た現実の時間や空間から離脱して、眠っている間に別の時空世界にいるような感覚になるのだ。またレム睡眠時中は、大脳皮質の活動が著しく低下していて、整合性のとれた解釈ができにくくなっている。

しかし大脳周縁系は活発に働いている。大脳周縁系は情動脳といわれ、快・不快・恐怖を司る脳である。また記憶情報は大脳周縁系が管理していることが多いため、過去の記憶が夢に登場しやすくなるとされる。


 夢の世界が幻想的で開基的になるのは、レム睡眠中には、閉ざされたまぶたの下で眼球が活発に動いているためである。この眼球運動が視神経の伝達経路に刺激を与えているのだが、この刺激が視覚中枢にまで伝わると、脳は実際に見ていない視覚的体験、つまり仮想の体験を自ら創り出すのである。


 夢の内容が幻想的であったり、怪奇的であったり、断片的な映像になりやすいのは、整合性のないデタラメの刺激をヒントとして、正解のない連想ゲームに脳が自問自答を繰り返すため発生するのだ。


 夢を見るためには眠らなければならない。脳をもつほとんどの脊椎動物が眠りを必要とする。睡眠とは多くの脊椎動物にみられる自発的に生じる静的状態である。刺激に対する反応がほとんどなくなり、移動や注視など様々な活動が低下する。眼を閉じて、ほとんどの精神活動を停止した状態だが、ある種の刺激によって覚醒する。


 睡眠の目的は、心身の休息、記憶の再構成など高次脳機能に深く関わっている。下垂体前葉は睡眠中に二時間から三時間の間隔で成長ホルモンを分泌している。睡眠によって放出量が著しく多くなる。したがって子供の成長や傷の治癒、肌の新陳代謝は睡眠時に促進される。さらに免疫力の向上やストレスの除去などが睡眠の効用と考えらているが、解明されていない部分も多い。


 睡眠は栄養の摂取よりも重要である。ラットを用いた実験では、完全に睡眠を遮断した場合、約十日から二十日で死亡する。これは食物を与えなかった場合よりも短い。睡眠は動物が生命を維持するために必要不可欠な要素である。


 しかし弱肉強食の動物の世界で、睡眠ほど危険な行為はない。猛獣に補食される危険から脱した人間の生活でも、無自覚な睡眠を長時間取ると、(遅刻してしまうとか)幸福な結果が訪れないのは周知である。そのため目覚まし時計が用いられるのだが、動物は進化の過程で、天敵の到来などの必要に応じて、睡眠から覚醒できる仕組みを入手してきた。


 脳は睡眠とともに進化してきた。脳は「直列処理型の大脳辺縁系」と「並列処理型の大脳皮質」に分別される。大脳辺縁系は先に書いたとおり情動脳といわれ動物的な感情に関わりをもち、大脳皮質は知的な活動機能を担当している。魚類やは虫類は大脳辺縁系を休ませる軽い睡眠をとるだけで生きていける。大脳辺縁系は直列型の脳なので、スイッチをひとつ切ってやるだけで運動を停止できて、危険な信号が訪れると、すぐにそのスイッチをオンにして全機能を起動できるような脳の構造になっている。


 それが人間を含む高等生物まで脳が進化すると並列処理型の大脳皮質まで休ませる必要がでてくる。大脳皮質は並列処理型の構造なので、単純にひとつのスイッチだけで機能を停止できない。そのため「意識の脳」と「眠る脳」に二重化された。下等動物と異なる複雑構造の眠りが創り出された。その睡眠の仕組みとは、大脳皮質が休んでいるあいだも、脳幹と前脳基底部が働いていて、長時間の睡眠をとっていても呼吸や心拍は停まらないし、睡眠中にも体温調節や身体の位置調節(寝返り)も行えるのである。


 レム睡眠は主に下等進化の初期段階に形成された脳幹で調節されている。しかし脳幹は上位脳部分まで制御できないので、眠っている間は、脳全体では様々な矛盾が生じてしまう。そのため夢が発生しやすくなるらしく、レム睡眠のあいだ上位脳である皮質は「意識する脳」ではなく「夢見る脳」に置き換えられてしまうのである。


 夢を見る理由については現在のところまだ不明な部分が多い。夢の存在意義は、無意味な情報を捨て去る際に知覚される現象とする説と、必要な情報を忘れないようにする活動の際に知覚される現象とする説の二つが有力であるが、詳しく解明されていない。


 以上が、おおざっぱな眠りと夢の発生とについての科学的概要である。しかし夢のメカニズムの実態は、いまだに不明確な部分がたくさんある。以前は深い眠りであるノンレム睡眠時には夢を見ないと考えられていたが、最近ではノンレム睡眠時にも夢を見ることが確認されている。<参照文献:『夢の本』松岡正剛 夢の科学 光琳社刊(1998年)>



・脳の中の劇場、劇場に置かれた脳


 映画の話に戻ろう。夢をみるために必要な要素であるレム睡眠中の急速な眼球運動は、映画を見ているときに、視覚情報を追い掛けて動いている眼球の動きと共通している。先に説明したとおり眼球運動が視神経の伝達経路に刺激を与え、この刺激が視覚中枢にまで伝わることで、実際に見ていない視覚的体験を脳がみずから創り出すのが夢である。一方で、映画を見るとき、スクリーンに映される人物のアクションの動きや、対象を追い掛けて動くカメラの視点や、切り変わるカットを目で追いかける映画の認識も、急速な眼球運動を必要とする。これは脳が実際に見ていない仮想の視覚体験をみずから創り出しているのではなく、映画が仮想体験的な視覚を創り出して脳に与えているようなものである。


 映画が与える夢の様な感覚は、科学的に解明されてきている。エルサレムのヘブライ大学でウリ・ハソン(Uri Hasson)とラファエル・マラク(Rafael Malach)が中心となって行なった映画を見ている時の大脳皮質の変化を調べた研究によると、同じ映画の各ショットに対して、被験者たちは脳のさまざまな領域の活性に関して類似した反応を示すという。

 当然のことながら、視覚に直接関係する領域である視覚野が活性化する。そのほかにも紡錘状回などが同時に活性化する。紡錘状回とは、色情報の処理、顔と身体の認知、物事の抽象化を行う領域であり、人の顔がアップになるショットや、カメラが人の顔に迫っかけるショットで紡錘状回の活性化がみられたという。


 反対に論理的思考と物事の解析、そして自己認識(自分が存在すると言う理解)を創り出している前頭前皮質は、映画を観ている間は、ほとんど活性化しない。前頭前皮質は人間が高度な知覚運動性の処理を行なっているときにも活動が低下することがわかっている。


 つまり映画を見ているとき、脳内の感覚領域は活性化されるが、自己認識や論理的な思考は行われにくくなっているのである。


 この自己認識や論理的な思考の欠如は、夢を見ている時にも類似した活動パターンがみられる。


 夢を見ている時も、前頭前皮質の活動は低下しているが、視覚野は起きていて視覚的な刺激を受けているたとき以上に活性化する。それはまるで大脳皮質が脳内で映画を見せているような状態に近い。しかも夢をみているときの視覚野の活動は現実的な感覚の制約をまったく受けない。走ったり飛び跳ねたり、もみ合ったりという肉体的活動がもたらす肉体的疲労からくる現実的な感覚(疲れ)の制約をまったく受けない(仮想体験的な)活動なのである。椅子に座って眺めているだけの映画と、寝ながら見る夢には、身体が介在しない共通点があるのだ。


 映画を見ているときも、夢見るときも、前頭前皮質の活動は低下しているが、他の感覚領域が刺激されているため、虚構と現実の混乱が次々と起こる。しかしながら我々の脳は多少のつじつまの合わないことに疑問を抱かず、そのような統一性のない矛盾した世界に対して、不満や疑念をもつことなく付き合えてしまう状態になっているのだ。それどころかストーリー展開が矛盾していたり、奇想天外の映画、あるいは身体が宙に浮いてしまうなど人間の身体能力をはるかに超えた活躍を見せる突拍子もない映画、我々の日常生活からかけ離れた世界を描いた映画ほど、より夢に近いものとして、われわれは楽しめているのかもしれない。


2 描かれた夢


・夢を描く映画           


 私たちの人生の三分の一は眠りの中にある。そして眠りの中で体験する夢は、時間的な制限も空間的な限界もなく。肉体的な限界と物理的制約のない場所として無尽蔵に拡がっている。ほとんどの夢は目が醒めるとともに忘れ去られていくが、忘却された夢とは、いったいどこに消えていくだろうか。コンピューターのCPUやメインメモリに蓄えられる一次的記憶のように覚醒して再起動すると、ほとんどの夢はあとかたもなく消え去る。それでも圧倒的な体験として印象に残る夢もある。夢は私たちの人生のあり方や、考え方を決めてしまうくらい、だれにとっても掛けがいのないものである。


 荘子は『胡蝶の夢』で、夢と現(うつつ)は、表裏一体の繋がりをもち、現実が夢とたいして変わらない儚い(はかない)ものかもしれないと、夢と現実の関係を語っている。


 これまで小説や映画など様々な作品の中で夢は重要なテーマとして扱われている。あるいは夢自体が作品を語る舞台にされてきた。我々は様々な夢についての物語を知っている。


 古くはドイツ表現主義映画で、ローベルト・ヴィーネ監督のサイレント映画『カリガリ博士』(1920年)で夢遊病患者と、精神病者の妄想が描かれた。『インセプション』(2010年)は、他人の夢に侵入して意識を操ろうとする試みであった。マーティン・スコセッシ監督の『シャッター・アイランド』(2010年)は、何度も登場する幻想シーンが印象的である。今敏監督の「パプリカ」(2006年)では、夢を共有する装置を使用するサイコセラピストの活躍と、悪夢が現実化してしまう事件が描かれた。3D映画として注目された『アバター』(2009年)では、睡眠の間だけ異星人の身体に意識を移し替えてしまう、文字通り夢の科学が登場した。『マトリックス』(1999年)では、現実と思っていた世界が、実はコンピュータによって作られた仮想現実世界であると知った主人公が、何度もその機械の創り出した仮想世界に侵入を繰り返す。フィリップ・K・ディックの短編小説『追憶売ります』を原作とする『トータル・リコール』(1990年)では、抑圧隠蔽されていた記憶が夢を植え込む機械によって覚醒してしまった主人公の冒険が描かれた。アンドレイ・タルコフスキーの『惑星ソラリス』(1972年)では、人智を越えた知性を持つ有機体の海が及ぼすエネルギーによって思い出が現実と化す。日本の代表的なアニメーション映画のひとつ『千と千尋の神隠し』(2001年)では、不思議な世界に紛れ込んだ少女が「これは夢だ、早く醒めて!」と叫んでいた。ディズニーによる『不思議の国のアリス』(1951年)でよく知られるルイス・キャロルの原作(1865年)による1903年以降から映画化され続けた一連の作品群は、日本の古典落語『天狗裁き』と同じく典型的な夢落ちで終わる物語である。ジュリー・ガーランドがドロシー役を演じた『オズの魔法使い』(1939年)も、魔法の世界を旅して自宅に戻る少女の冒険の物語だった。感覚遮断装置「アイソレーションタンク」が登場するケン・ラッセル監督の『アルタード・ステイツ/未知への挑戦』(1979年)では、哺乳類へと進化してきた人間の身体に眠っている進化過程を解き明かすため、自らの脳を実験台にして、薬物とアイソレーション・タンクを使用する科学者の研究が描かれていた。それは夢を見ることで、過去を知ろうとする試みであった。


 アイソレーションタンクとは、アメリカの伝説的な脳神経生理科学者ジョン・C・リリー博士が、心の関係を研究するために1954年に発明した無重力・無感覚を体感する装置である。それは人ひとりが横たわるくらいの大きさの密閉カプセル型のプールで、人間が浮かぶ程度の比重を持った液体(濃度の高い硫酸マグネシウム溶液)が入れられている。その液体は人体と同じ温度に調整されていて、体験者は母親の母胎に戻った様な感覚を抱く。光や音を遮蔽したカプセルの中では、視覚・聴覚・温覚、さらに重力によって発生する上下感覚からも遮蔽されて、体験者が自らの脳や身体の内的情報だけを感じ取れるようにする装置である。現在では心理療法や代替医療のための装置として使われている。


 先に挙げた夢を扱った映画の多くも、荘子の『胡蝶の夢』と同じく、夢が現実になってしまうか、反対に現実だと思っていたことが、実は夢だったといった二重構造の世界と向き合う話が多い。それらの映画は架空の物語(フィクション)であり現実ではないが、虚構の作り話である映画がリアリティーをもって感じられるのは、なにかしら夢と共通した演出や構造性をもっているためなのかもしれない。想像上のものが現実のものとして感じられるために、これらの夢を扱った映画では、映画が内包しているもの自体が夢であることを告白する。しかしこれによって我々見る者は現実の続きとしての映画を、自分自身の夢か、他者によって見せられた夢として見ているのかもしれない。



3 悪夢のイメージ心理学


・実在しないものへの思い


 映画で描かれる教会の懺悔のシーン。自分が見た夢の内容が、ふしだらで恐ろしい妄想だったと贖罪を求める人々。夢はキリスト教においては、神の支配が及ばない悪魔的な闇の領域なのだろうか。


 しかし広範囲に宗教の歴史を考えると、フロイトが無意識の領域を知るための鍵とした夢は、そのような人間の罪の現れといったものではなく、人間の思想と哲学にとって重要な役割を果たしてきた。そもそもの宗教的な観念の根本において夢は重要であった。広い意味での宗教とは霊に対する信仰を含むものである。


 アニミズムの概念をつくったエドワード・バーネット・タイラーの著書『原始文化』(1871年)によれば、今は亡き親や兄弟などを夢を見たとき、それらのイメージを死後も存続している霊の現われとして捉えられ、そこから霊に対する信仰が始まったという。タイラーは夢の体験が霊に対する信仰の基盤を形成したと考えたのである。夢の内容はあえて夢見の通りに解釈しようとすればするほど不可思議さを増し、強い印象を与える。我々を混乱させる悪夢は、怨念をもった霊(悪霊や悪魔)の仕業と考えられた。それらの霊を供養することで、その苦しみから解放されるといった観念は、古くから広く民衆の中で信じられている。


 ユングは、そのような素朴実在論的な解釈を「客観段階の解釈」と呼んでいる。夢の中のイメージはすべて外界の対応物をもっていて、その対応物に応じて理解され、内界のイメージと外界の現実との間に、はっきりとした区別は認められないと指摘した。


 また夢は日常的な現実に対する信憑性を揺るがすような働きをもっていて、我々は夢を通して、いままで確実なものとして疑っていなかった日常的な現実に対して距離をとる。従来から信じていた確実性に疑問をもつか、客観的な捉え方をするようになるのだ。夢を通じて永遠の現実や、ここにはない別世界が想像可能となった。死後も存続している霊に対する信仰は、キリスト教の文化圏では「イースター」や「ハローウィン」に見られるが、神々の世界だけでなく、死者たちの世界の存在や、悪しき死霊たちの復活を信じる人間の思考、さらに宗教的思想の根源において、夢は重要な果たしている。<参考文献「夢と宗教」渡辺学『こころの科学41号』日本評論社(1992年)>


・夢の浄化作用


 また夢には効能があるとされる。現実の体験も夢の中での体験も、心にとっては同じ「体験」である。それは自らの脳が創り出した仮想体験といってもいいだろう。


 夢を見る理由のひとつとされる。「現実世界で解決できないストレスや欲求を脳内で寝てるうちに再現している」とする考えは、心がストレスに満ちた現実の体験に反発して、夢の世界でストレスを浄化するような体験を自ら創り出しているという説である。むろん前提である夢の存在自体が科学的に解明されていないのだから、科学的に証明されていない。

 寝ながら見る夢には、その人の普段は抑圧されて意識していない願望などが現れるケースも多いとされる。それらは誇張されていることもあり、結果的に現実としては不可解な現象で表現されることが多い。また普段から興味がある現象について夢を見やすいといわれている。


・悪夢の効用


 夢分析はジークムント・フロイトの研究、あるいはカール・ユングの研究で広く知られるようになった。彼らは夢の中の事物は、何かを象徴するものとして位置づけた。フロイトによる夢分析に限ると、性的な事象に紐付けられた説明があまりに多く、そのまま現代人に適用するのは無理がある。銃が男性器で、果実は女性器、動物が性欲や性行為を象徴すると捉えたフロイトの考えは、当時の禁欲的な世相が反映されているとともに、フロイト自身が抑圧された性的願望を抱いていたため偏った解釈をしていたと考える説がある。夢分析は改良を繰り返された。広く現代人の実情を考慮した分析になっていて、最近では自分で自分の夢分析をするためのガイドブックや事典が数多く出版されている。


 そのような本を手にしたことがなくても、自分の夢の内容が、どのような意味をもつのか気になるものである。人間が見る夢はすべてが楽しいものではなく、特に悪い夢は目覚めてからも恐怖の対象として強い印象を与え続ける。我々は多くの悪夢をみる。悪夢で何度もそれを体験することで、新たな病気に発展する場合もあると考えられている。


 たしかに出来ることなら悪夢など見たくない。できることなら良い夢を見たいものだが、なかなか思うように行かない。時には悪夢を見て、がっくり落ち込むこともあれば、自分に精神的疾患があるのではないかと心配になる人もいるだろう。しかし悪い夢も捨てたものではない。ストレスになりそうな悪夢も「ああ、夢で良かった」と思えば少なからず救れた気持ちになれる。悪夢を現実体験のリハーサルだと思えば、まんざら不要な体験ではないのかもしれない。夢の内容が悪い夢だったと判断するのは本人次第である。もし別の人が同じ夢を見たなら、だれかは幻想的で素敵な場所に行って痛快な体験をしたと感じた夢が、他の人には気味の悪い場所で怖い想いをしたと感じらるかもしれないのだ。


 最近ではノンレム睡眠時にも夢を見ることが確認されていてる。ここで扱う悪夢が、レム睡眠中に見ている悪夢なのか、ノンレム睡眠中に見ている悪夢なのか、定義のしようがないのだが、フラッシュバック性の悪夢は、ノンレム睡眠時に起こるといわれている。いずれにしても一般的に我々が悪夢と呼ぶのは、悲惨な光景や体験、そして自らが信じられない凄惨な行い、会いたくない人が出てきて、なにかされるとか、言われるとかだろうか。そのような悪夢を見ている間と、目覚めてから感じる感情は一般的に恐怖か怒りだろう。


 当たり前のことだが悪夢とは怖い夢である。では夢に効能があるとするなら、悪夢は効用のない間違った夢なのだろうか。悪夢は精神的な浄化作用をなんら及ぼさない無駄な夢なのかというと、簡単にそのように結論づけるのは難しいと思う。


 恐怖は現実もしくは想像上の危険、喜ばしくないリスクに対する強い生物学的な感覚である。ジョン・ワトソンやパウル・エクマンなどの心理学者は、恐怖をほかの基礎的な感情である喜びや怒りとともに、人間に内包された重要な感情のひとつだと主張する。恐怖は防御と生存のために本能が発動する感情で、多くの生命体で発達していった。恐怖は特定の刺激に対する反応で、安全への退避の動機付けの役割をもっている。人間が恐怖状態に陥ると脚などの筋肉に血液が集中されて、(日本には「火事場の馬鹿力」という言葉があるが)より素早く行動できるようになる。また大脳では通常以上にホルモンが分泌されて、対象に対する集中力が高まり、より正確な反応が瞬時にできるようになるという。怖いと感じる感覚は、我々が生命を維持していく上で必要不可欠な感情である。


 悪夢は、無意識が自ら生成したイメージに対して感じている怖さである。恐怖の感情が夢によって発動される。それをまったく浄化効用のない夢として片付けてしまうのは正しくないように思える。人間は、競い合う(競争)、ギャンブル(偶然)、ジェットコースターに乗ったりスピードを体感すること(眩暈)、などによって楽しさを感じる。それらはロジェ・カイヨワが『遊びと人間』(1958年)で定義した人間が「遊び」――楽しさとして感じるものの4大定義の3つである(もうひとつは「模倣」なのだが、)これらの快感にはどれも緊張感(スリル)が重要な要素として作用する。興奮、ときめき、ぞくぞく、わくわくする感じ、呼び方は様々だが、それらは緊張感からくる高揚を指す言葉である。


 アクション映画は、いつの時代でも人気のある映画カテゴリーであり、我々がお金を払ってまで、手に入れようとするドキドキ感と同じ緊張感や高揚感が悪夢によって生みだしているのだとすれば、映画で楽しんでいるのと同じ効用が少なからず悪夢にも潜んでいると推測できる。


・楽しい恐怖


 人間は脳の進化過程で恐怖を楽しむようになった。恐怖に関する最新の研究によると、恐怖によって活性化する脳の神経系は、快感に関連する神経系と同一であると解明されている。恐怖を処理している脳の部位と、快感の処理に関係する脳の部位は、かなりの部分で重複している。怖い体験をしている時と、怖い映画を見たり、ゲームをやっているときに、目と耳から入力された情報は、脳の正面中央にある小脳扁桃というニューロン群に送られる。小脳扁桃は、愛や快感といった感情を瞬時に処理するのに必要な器官とされていて、怖さからくる緊張を感じている時と、歓喜の声をあげるほどの喜びを感じる時とでは、まったく同じような刺激が小脳扁桃におきているのである。そして脳と身体を活性化するさまざまなホルモンが小脳扁桃により分泌されるのである。女性が大好きなアイドルのコンサートで絶叫するのと、怖いものに遭遇した時に叫んでしまう時では、小脳扁桃が同じ反応を示すのである。


 小脳扁桃は、おそらく現実であろうと、夢であろうと関係なく恐怖により活性化すると考えられる。目が醒めていて、覚醒しているときなら、大脳皮質が危険がないことや、その程度や対応方法を教えてくれるが、夢の中で恐怖を感じている時は、大脳皮質自体に夢が映し出されているようなものなので、危険の度合いが判断できない。そのため悪夢は現実以上の怖いものとして意識されているのだと推察される。


 恐怖によって活性化する脳の神経系と、快感に関連する神経系が同一なのは、なにかと不合理に思えるが、反対に高度な仕組みでもある。我々を取り巻く状況は常に変わっていくのだから、楽しいことが、次の瞬間には不快なことに変わってしまう。危険か楽しいかの決定や、怖いか楽しいかの判断は、常に流動的でなければ役に立たないのだ。活性化するのが楽しいときだけか不快なときだけ、あるいはそれを別の神経系が同時に判断していたのでは生存に関係する恐怖が意味を持たなくなる。このような脳の構造が、恐怖やスリル感を、正反対と思われる楽しみに置き換えてしまうのであるが、それは怖さや恐怖の対局にあるはずの楽しさに感情が置き換えられるといった単純なことだけではない。喜び、悲しみ、怒り、諦め、驚き、嫌悪といった繊細な感情が、互いに密接な関係性をもっていて、一元的ではなく流動的に変化していくことで、複雑で高度な人間の精神構造の有り様を示している。<参考文献Brandon Keim著、矢倉美登里/小林理子訳「恐怖という魅力:ホラー作品の人気を脳神経科学と心理学から分析」ワイヤード・ヴィジョン(2007年年1108日)>


・悪夢のカタルシス


 日本語で「精神の浄化」を意味する「カタルシス」は、語源的に「排泄」を意味している。もともとは「体内の有害物質を瀉出(しゃしゅつ)すること」または「宗教的な浄め」をさす言葉であったが、現在では舞台芸術を中心とする芸術表現と精神医学で使われる言葉になっている。「心の中に溜まっていた澱(おり)のような感情が解放され、気持ちが浄化されることを表す」といった具合に使われている。それはアリストテレスが『詩学』に書き残した悲劇論で登場した芸術的概念であった。『詩学』には、「作品としてまとまりがあり、演技者の再現代行行為によって、観る人が「あわれみ(エレオス)とおそれ(ポボス)を通じて、そのような感情の浄化(カタルシス)を達成するものである」(1449b)と記されている。作品の内容から観る者が、可哀想とか、自分はそうなりたくないといった想いをもつことで、精神的な浄化作用が生成されるとアリストテレスは説いた。そして19世紀に入るとフロイトが、催眠療法と「悲惨な話を聞いて泣くこと」をあわせて行ったヒステリー治療法における除反応を「カタルシス」と呼んだことから精神療法の用語になった。


 話を悪夢に戻そう。自意識が語りかける(正確には言語化以前のイメージとして見るのだが、)悪夢と感じる夢には、内的な浄化作用があるといった考えは、いちがいに否定できるものではないと思う。スリルを感じる快感など、怖さが人間を魅了することは一般的に広く知られている。映画も同様である。基本的な神経生物学だけで「恐怖を楽しめること」は説明できないが、少なくとも「恐怖を体験しながら無傷で切り抜けること自体は満足感を生み出す」といった心理学に基づいた観察結果がある。怖い映画を観るのは、スカイダイビングや、モトクロスなどの極限スポーツと同様で、自分の限界を試して乗り越えるひとつの方法であると心理学者はいう。それはホラー映画など怖い映画だけでなくアクション映画でも、そのようなカタルシスを生みだしている証明である。


・覚醒後のカタルシス

 

 親しい人が死んでしまう夢を見て、目覚めてから悲しさや哀れみ、さらに後悔の念におそわれることがある。現実ではないと判っていても、目が醒めてから、気持ちの整理が進むにつれて、我々は夢で語られた物語から、なにかしら無自覚だった観念を理解するにいたる。フロイトは夢の目的は「(隠された)欲望の(偽装された)充足」であると考え、夢を解釈することは、圧制された欲望を露呈させることであると考えたが、心理学に頼るまでもなく、我々は夢を理解して、意味を探そうとして、自己意識の均等をとるべく意味を見いだすのである。


 夢で得た悲しさが、目覚めてからの慈しみの感情を新しく発動させるのと同じく、怖い夢は覚醒してからの安心感を発動させる。それは現実に生きていることに対する感謝の念につながる場合もあるだろう。


 夢見のあと、我々はフロイトのカウンセリングを受けないまでも、ベットに横たわったまま、自己意識との内的な対話によって、分析と精神的修復を行っているのである。夢とは眠っているあいだに見ているイメージだけのことを指すのではなく、覚醒してからの再解釈している状況までを含んだ体験なのである。


 むろん理解や解釈の枠を越えた悪夢も存在するだろうが、悪夢の仮想的体験によって発動された恐怖の感情が、脳を活性化させ、体験時の高揚感と、さらにお化け屋敷から出てきたときに訪れるような怖さを克服した高揚感や安心感を覚醒後に生みだしている場合も多い。悪夢も、怖い映画を観ている時と、見終わった時に感じている感覚と同じ快感やカタルシスが生成されているのではないだろうか。


4 恐怖と映画


 これまで悪夢と映画における恐怖の類似点、その効用について考えてきた。では人工的な悪夢として機能している映画において、これまでどのような悪夢が創り出されてきたのだろうか。また個人が独りで見る悪夢と異なり、共有される悪夢である映画で、怖さはどのように表象されてきたのだろうか。ホラー映画と称される映画のこれまでの歴史と現状を俯瞰してみると、そこから我々の思想や宗教の根底にある死者に向けた恐怖や畏敬の念、さらに社会通念化されている他者と異文化に対する意識の有りようが見えてくる。


・映像と霊の互換性


 SF恐怖小説(コズミック・ホラー)の作家ラヴクラフト*は「恐怖は人類の最も古い感情である」といった。映画だけでなく小説や演劇など様々な分野で、これまで恐怖をテーマとした作品が創られてきた。それらの作品で描かれた恐怖の対象は多岐にわたるが、古くから神や霊、吸血鬼等といった超自然的な物事が語られている。それらは実在するもの――目に見えるものとして扱われ、表象されてきた。<*ハワード・フィリップス・ラヴクラフト(1890820 - 1937315日)アメリカ合衆国の小説家、詩人。エドガー・アラン・ポーと並んで現在も世界中の怪奇幻想小説界に多大な影響を与えた。>


 映画発明以前の18世紀末にフランスで発明された幻灯機を用いた幽霊ショー「ファンタスマゴリー」は、ベルギーの物理学者エティエンヌ=ガスパール・ロベールが、パリで行った興行によって有名となりヨーロッパ全土で上演されている。壁、煙、半透明の幕に手書きの画像が幻灯機によって映写されるのだが、幻灯機を動かすことで画像が動いているようにみせる効果や、複数の幻灯機を使用することで画像の瞬時の切り替えを行う当時としては画期的なスペクタクル・ショーであった。映写されたのは、おもに骸骨、悪霊、亡霊などの画像で、降霊術にも深く関わるものであった。


 ファンタスマゴリーでは超自然的な物事が眼に見えるものとして表象されていたが、映画も、テレビもそうなのだが、ここにはいない何かが記録され、過去を再生する映像メディアは、どれも幻を映し出す装置にほかならない。映し出されているイメージが、もう既に死んでしまった人物であっても、その人物は映像の中で生き霊のように生き続けている。また死んでいるのか生きているのか、実在するか否かが、常に曖昧になるのが映像の特性であり、演じられる悪しき生き霊のようなものでさえ、実在するかどうかの信憑性とは別の認識と感覚が発生する。映像を見ている時は、悪夢を見ているのと同じく、虚構と現実の混乱が次々と起こるが、脳は多少のつじつまの合わないことに疑問を抱かず、そのような統一性のない矛盾した世界に対して、不満や疑念をもつことなく付き合えてしまうのである。


・恐怖映画の歴史


 ホラー映画の歴史は古く、映画草創期の19世紀末から、たくさんのホラー映画が製作されている。1891年にエジソンが「キネトスコープ」を発明し、1895年にリュミエール兄弟が「シネマトグラフ」を発表した同じ年に、アメリカのアルフレッド・クラークによって発表された『スコットランドの女王メアリーの処刑』(1895年)は世界初のホラー映画と考えられる。後のホラー映画に大きな影響を与えた作品としては、すでに夢を扱う映画として挙げているドイツ映画『カリガリ博士』(1920年)が有名である。『吸血鬼ノスフェラトゥ』(1922年)も著作権者の許可を得ない非公式作ながら、重要な恐怖映画と位置づけられる。最初に映画化された『オペラの怪人』(1925年)では、千の顔を持つ男と称された名優ロン・チェイニーが髑髏のような恐ろしいメイクでファントムを演じている。これらの作品はサイレントホラー時代の伝説的なホラー映画作品となっている。


 トーキーの時代を迎えると、『魔人ドラキュラ』(1931年)や『フランケンシュタイン』(1931年)、そしてエドガー・アラン・ポー原作の数作のホラー映画がヒットした。第二次世界大戦後ではファンタジー映画の主流はSF作品に移り、ホラーは一時的に低迷した。しかし『フランケンシュタインの逆襲』(1957年)と『吸血鬼ドラキュラ』(1958年)や、ミイラ、狼男といった怪物ものが続々と復活していった。それ以降A・ヒッチコックの『サイコ』(1960年)、S・スピルバーグの『ジョーズ』(1975年)、ウィリアム・フリードキンの『エクソシスト』(1973)、A・ヒッチコックの『北北西に進路を取れ』(1959年)、ジョナサン・デミの『羊たちの沈黙』(1991年)など数え切れない数のホラー映画が制作されている。(ここに挙げた1960年代以降に制作された映画は、アメリカ映画協会(en:American Film Institute; AFI)が2001年に選出したアメリカ映画における「スリルを感じる映画ベスト100」の上位5作である)


 アメリカで2010年にホラー映画の興業収益は5億ドル以上もの金額であった。ここでは映画だけを紹介しているが、現在のホラーとスリラーがもっとも語られている場所は、映画館ではなくテレビゲームの画面の中である。



・物語の構造


 ホラー系のゲームもそうだが、見せ物小屋、ジェット・コースターやお化け屋敷などのライドカーに乗るか歩いて廻る数々の怖さを楽しむ娯楽(ホラー・エンターテイメント)のほとんどは、体験者が「行って帰ってくる」構造で作られている。それは瀬田貞二が『幼い子の文学』で指摘している「物語の基本的な文法」に等しい。どこかに行き、どこかに帰る。帰る先が元居たところとは限らず、より素晴らしい場所など、別な場所というケースもある。ホラー映画でも同様の物語構造で作られているものがたくさんある。

 眠りについていつのまにか夢の世界にたどり着く。その夢が悪夢で、留まりたくない世界だと感じるのだが、やがて朝の光によって暗闇の世界から解放される。怖くて目が醒めてしまう場合もあるだろう。我々は夢の世界から帰還するのである。これも体験者が「行って帰ってくる」のと同様の構造なのだ。


 トラウマには及ばないが、子供の頃から心に刻印された怖さは誰にもある。暗闇や、理解できない他者、人気のない部屋、そのような怖いものとは、個人の感性、情緒に、多大な影響を与える。(筆者の場合は、世代的に『ウルトラQ』(1966年)や『ウルトラセブン』(1967年)といった、円谷プロダクション制作の空想特撮シリーズのテレビ映画で見た怪奇もの怪獣ものが、その対象になっている。)

 それらの映像による怖さの体験が、その後の情緒や、あるいは物事の理解と認識、現実の怖いものに対処する意識を育んでいる。

 ホラー映画を一種のセラピー的なものと捉える説もある。戦争や災害、犯罪のニュースが一日中流れ、大気中の粒子には発ガン性物質が含まれているかもしれない不安が渦巻く社会の中で、自分を取り巻く恐怖に対処する方法、あるいはシミュレーションのようなものとして、ホラー映画は機能しているである。


・共同意識としての恐怖や不安感


 本来「恐怖」とは、個人がそれぞれ抱く個別なもであり、時代や社会が創り出す共同意識でもある。恐怖を感じる対象とは、社会的な基準、価値観によって影響されることが少なくない。たとえば19世紀の英国における最も大きい恐怖の一例は、人々に嘆かれず、忘れ去られ、貧乏に死んでしまい、さらに解剖台に乗せられることであったという。20世紀には、多くの人が小児麻痺や、身体の一部が不具となり、残りの人生で動けなくなる病気を患うことに対して恐れを感じていたという。これは強力な火力を使用した戦争に明け暮れた欧州特有の恐怖と推測できる。また9.11以降、つまり21世紀にかけては、テロリズムに対する恐怖が広がっている。おそらく18世紀以前の世界では、飢饉や疫病のまん延といった天災や、ふいに襲いかかってくる略奪や侵略の脅威(他者・他民族)が、共有される恐怖であっただろう。それらは骸骨や悪魔が描かれる多くの絵画から知ることができる。


 いずれの時代も、さらに10年程度の短い時代であっても同様に、恐怖や不安は、それぞれの地域や共同体が抱える社会的な意識として存在した。それは市民同士が共有する眼差しを向ける対象である。映画にも反映されていった。冷戦の時代に核兵器や戦争の勃発を扱った映画がたくさん作られたのは、その代表的な例で、アメリカやヨーロッパで共有されていた恐怖と不安が、それらの映画を作り出す原動力になっていた。


 火星人、狼男、巨大な猿、サメ、ミイラの復活、悪霊、マッドサイエンティストが創り出したつぎはぎだらけの人造人間、フリークス、襲いかかる鳥たち、精神的疾患をもった犯罪者、連続殺人者、悪魔付き、恐竜、マフィア、組織化された犯罪、公共交通機関の事故、帝国主義、冷戦構造、ナチズム、テロリズム、機械の反乱、核戦争、細菌兵器の誤使用、死を招く細菌とパンデミック汚染、巨大震災、地球環境の崩壊、隕石の衝突。それらの恐怖を描いた映画は、その時代ごとの恐怖を象徴していた。


5 ドラキュラとゾンビの契約


・ゾンビの誕生


 ホラー映画における恐怖キャラクターのひとつである「ゾンビ」が初めて登場したのは1932年制作の『恐怖城』(別名『ホワイトゾンビ』)であった。この映画におけるゾンビは邪悪な魔道士が利用する一種のゴーレム(主人の命令で動く泥の人形)であり、石や木ではなく死体が魔道士の命令で動く。この考え方はブードゥー教に登場するゾンビに忠実であった。


 ゾンビとは、もともとヴードゥー教における死霊のような存在で、元々はコンゴで信仰されている神「ンザンビ(Nzambi)」に由来する。もともとは「不思議な力を持つもの」であり、その対象は人や動物、物などで、死人に限定されていなかった。これがコンゴ出身の奴隷達によって中米・西インド諸島に伝わる過程で「ゾンビ」へと変化してしまい、その対象も「不思議なもの」から「妖怪」の様なものに変わっていった。中米・西インド諸島では、呪術によって墓場から魂がないまま甦り、永劫に奴隷として働き続ける死霊のことをゾンビと呼ぶ。最初のゾンビ映画「恐怖城」で、魔道師に操られる死体として描かれているように、ゾンビとは死者が蘇るだけではなく、人為的な呪術で作りだされるものとして信じられていた。それにはフグの毒の成分であるテトロドトキシンを主成分とするゾンビ・パウダーというものが使用され、この毒素を傷口から浸透させられた人間は仮死状態のゾンビとなって、命令されるがまま働く奴隷として農園などで使役され続ける。


 そのようなゾンビ伝説は、「ホワイト・ゾンビ」以降も数作のホラー映画で扱われていたが、「人間に敵対するモンスター」というゾンビ像を決定づけたのは、1968年制作のジョージ・A・ロメロの映画『ナイト・オブ・ザ・リビング・デット』に他ならない。この作品でロメロはブードゥー教のゾンビに「吸血鬼」の特徴を加えて、新しい恐怖として描いた。さらにゾンビは疫病のように感染していき、群となって襲ってくるという、我々がよく知るゾンビ像が確立された。自分自身ではないおぞましい存在に変容する恐怖と、排除が難しい自覚なき殺人者としてのゾンビのイメージが造り出されたのである。その後のゾンビ映画やアニメやゲームのほとんどで『ナイト・オブ・ザ・リビング・デット』(1968年)と同系のゾンビ像が描かれているが、このゾンビは爆発的に犠牲者を増やしていくため、人類よりもゾンビのほうが多いという終末的な状況下で、なんとか生き延びようとする人々の姿を描く作品になっている事も多い。「化学薬品等の影響によるゾンビ化」という設定は以前より存在したが、近年では呪術や魔法的な手法ではなく、科学実験や特殊なウィルス感染、或いは寄生虫によってゾンビ化するという設定が主流になっている。これらの作品には、パンデミックという形で被害が拡大していくパニック映画のスタイルの作品もたくさんある。過去の日本映画にほとんど登場しなかったゾンビであったが、近年では『SIREN』や『屍鬼』など、日本の文化・社会に持ち込んだ作品にも登場している。


 代表的なゾンビ映画を列挙してみよう。


 サム・ライミ『死霊のはらわた』(1981年)、トビー・フーパー『スペース・バンパイア』(1985年)、マーク・ゴールドブラット『ゾンビ・コップ』(1988年)、スティーヴン・キングの同名小説の映画化作品『ペット・セメタリー』(1989年)、ゲームソフト『バイオハザード』が原案で別章で挙げたミラ・ジョヴォヴィッチ主演の『バイオハザード』(2002年)以降のシリーズ作品。ロバート・ロドリゲス『プラネット・テラー in グラインドハウス』(2007年)、ディズニーランドの人気アトラクションのひとつ「カリブの海賊」をモチーフにした映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』(2002年)と、それ以降のシリーズ作品。リチャード・マシスンの小説『吸血鬼(地球最後の男)』の三度目の映画化作品で、ウイル・スミスが主演した『『アイ・アム・レジェンド』(2007年)や、同小説の二度目の映画化で、チャールトン・ヘストンが主演した『地球最後の男オメガマン』(1971年)、ゾンビに扮したダンサーたちがダンスを踊るマイケル・ジャクソンの『スリラー』のプロモーション・ヴィデオなどたくさんのゾンビ映画が『ナイト・オブ・ザ・リビング・デット』(1968年)以降に制作されている。


 さらに宇宙生物に乗り移られてしまう『遊星からの物体X』(1982年)や、イギリスの『スペース・バンパイア』(1985年)、『スピーシーズ /種の起源』(1995年)、ドン・シーゲル監督の『ボディ・スナッチャー 恐怖の街」(1956年)と、そのリメイク作品である『SF/ボディ・スナッチャー』(1978年)と『ボディ・スナッチャーズ』(1993)、ニコール・キッドマン主演の『インベージョン』(2007)という四回も映画化されているジャック・ フィニイの小説『盗まれた街』を原作とする作品群なども、ゾンビ映画と共通するパンデミックにより大量発生して襲いかかる恐怖映画がある、


 ゾンビ映画には社会的に共有された不安と恐怖が伺える。『ナイト・オブ・ザ・リビング・デット』以降のゾンビが、ブードゥーの神話から離れて、死肉をむさぼり、噛まれた人や、その血に触れた人がゾンビになってしまうという、その一定のスタイルが、これほどたくさんの映画で描かれているのはなぜだろうか。『ナイト・オブ・ザ・リビング・デット』でロメロはブードゥー教のゾンビに「吸血鬼」の特徴を加えて、新しい恐怖の対象として描いた。噛まれて感染するというと、すぐに思い起こせるのは、ゾンビと同じく古くから恐怖映画の重要キャラクターであった吸血鬼ドラキュラである。『プラネット・テラー in グラインドハウス』や『バイオハザード』シリーズで描かれる今日のゾンビとは、どれも意思疎通が効かない群衆と化したドラキュラなのである。


・ドラキュラの物語


 一般的に知られる吸血鬼ドラキュラとは、19世紀にイギリスでアイルランド人の小説家ブラム・ストーカー(1847年~1912年)が書いた怪奇小説『ドラキュラ』(1897年)がその元祖である。ドラキュラはリミュエール兄弟によって映画が上映された1895年の2年後に執筆されている。『ドラキュラ』は舞台化を前提として書かれた小説であった。そのため映画化するのに向いていたのかもしれない。


 ストーカーの原作では、トランシルヴァニアのカルパチア山脈に城を構える貴族ドラキュラ伯爵が、ロンドンのカーファックスに屋敷を買いたいと、弁護士のホーキンズに依頼した事から物語が始まる。獲物を求めてイギリスに侵入したドラキュラ伯爵と、それを退治しようとするヴァン・ヘルシング教授とその仲間たちの戦いの物語で、通常の小説とは異なり、全て日記や手紙、電報、新聞記事、蝋管式蓄音機(フォノグラム)などによる記述で構成されている。それぞれの記述者や叙述者の発言によってドラキュラの企みが浮上していく構成となっている。


 19世紀は交通網が確保されてヨーロッパ人の移動空間は各段と拡がり、さらに科学が人間を心理や血液のレベルまで解き明かしていった時代である。そして見ず知らずの他人に囲まれて暮らす膨大な人口を抱え込んだ都市が成立した。住居空間だけでなく人々が往来する路地の隅々まで街灯が照らし始めたが、文明が及ばない山野や貧民街の裏路地といった灯の届かない場所の闇の深さが増して、新しい恐怖となっていった時代であった。そのような19世紀の終わりにストーカーは『ドラキュラ』を書いた。


 近年の研究で「ドラキュラの人物像のモデルは、シェークスピア劇で知られた舞台俳優のヘンリー・アーヴィング卿であろう」といわれている。ストーカーはアーヴィングのマネージャーで、アーヴィング劇団の世話人と劇場支配人を兼ねていた。アーヴィング卿は名声とは裏腹に、傲慢で我侭な性格であったらしく、昼夜を問わずアーヴィングに呼びつけられて、雑用をさせられていたストーカーは、精神衰弱に陥っていたという。ストーカーを下僕のように扱うアーヴィング卿の性格がドラキュラ伯爵に反映されているというのが研究者達の現在での見方である。ストーカーは書きあがった『ドラキュラ』の原作を、アーヴィングに見せているのだが、アーヴィングは舞台化を前提としたこの小説を「つまらない」と一蹴してしまったという。ストーカーはイングランド人貴族地主による搾取が常態化していたアイルランド平民階級の出身であった。人の生き血を吸う貴族領主が、平民たちの力で滅ぼされる『ドラキュラ』の設定は政治的に意味深い暗喩である。


 なお、この小説がドラキュラ伯爵の故郷であるルーマニアで翻訳されて出版されたのは1989年に共産主義政権が終わった後の1990年であった。それまでルーマニアではドラキュラ伯爵は無名の存在だったという。

 

・ドラキュラ映画の歴史


 『ドラキュラ』は爆発的なヒット小説となった。そしてストーカーの死後ストーカーの妻から正式に版権を取得した舞台劇が1920年代に上演された。さらにドラキュラ映画の元祖であるFW・ムルナウによりドイツ表現主義映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』が1922年に作成された。


 それ以降数々の吸血鬼映画が制作されている。代表的なものを挙げておくと、ベラ・ルゴシが主演した『魔人ドラキュラ』(1931年)。その続編的作品である『女ドラキュラ』(1936年)と『夜の悪魔』(1943年)。さらに『フランケンシュタインの館』(1944 )。『ドラキュラとせむし女』(1945年)。ベラ・ルゴシが再び主演した『凸凹フランケンシュタインの巻』(1948年)。クリストファー・リーの怪演で大ヒットした『吸血鬼ドラキュラ』(1958)と、本作の好評により制作された『ドラゴンvs7人の吸血鬼』 (1974)まで続く8本の後継作品。イギリスのハマー・フィルム・プロダクション製作の『ドラキュラ`72』(1972年)と、続編の『新ドラキュラ/悪魔の儀式』(1973年)。クラウス・キンスキーとイザベル・アジャーニがが出演した西ドイツ映画『ノスフェラトゥ』(1979年)と『バンパイア・イン・ベニス』(1988年)。ストーカーの原作をより忠実に再現しようと試みたフランシス・フォード・コッポラ監督の『ドラキュラ』(1992年)。ドラキュラではなく同族の吸血鬼たちを描いた『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』(1994年)。メル・ブルックス監督のパロディ作品『レスリー・ニールセンのドラキュラ』(1995年)。ニコラス・ケイジがプロデューサーの一人に名前を連ねる『シャドウ・オブ・ヴァンパイア』(2000年)。アメコミを原作とする『リーグ・オブ・レジェンド/時空を超えた戦い』(2003年)。「ヴァン・ヘルシング 」(2004年)。などである。


 しかしカプコンのゲームソフト『バイオハザード』(第一作は1996年に発売、日本国外における『バイオハザード』シリーズは『RESIDENT EVIL(身近に潜む恐怖,邪悪なる居住者)』)を原案として、吸血ゾンビが襲いかかるアメリカ映画『バイオハザード』(2002年)が公開されたころから、主だった吸血鬼ドラキュラを主人公とした映画は制作されていない。


 『リーグ・オブ・レジェンド/時空を超えた戦い』(2003年)ではチームの一員として悪と戦うドラキュラが登場した。また『ヴァン・ヘルシング』(2004年)では、作品のタイトル名がドラキュラと戦う大学教授に譲りわたされている。いずれにせよ、それまでのドラキュラ映画とは異なる作品になっている。


・ドラキュラ・ゾンビのパンデミック


 『バイオハザード』が公開された一年前に、アメリカ同時多発テロ事件(2001911日)が起きている。それは欧米のキリスト教社会と、異教徒であるイスラム社会の対立を要因のひとつとして発生した。理解不可能な分かち合えない他者との対立が世界的な不安になりはじめた。それはグローバル化した世界における、新しい他者への恐怖が伝播していく時代の幕開けでもあったのだ。テロという21世紀の新しい恐怖の台頭に併せるように、わかちあえない他者がまん延していく恐怖は、パンデミックにより住環境を破壊して増殖していく吸血鬼ゾンビとして数々の映画に登場するようになった。


 1990年代にはアメリカでは、多くのゾンビ映画は制作されていない。「ペットセメタリー」(1989年)の続編や、サム・ライミが監督した「死霊のはらわた」シリーズの三作目「キャプテン・スーパーマーケット」(1992年)といった、ヒットに恵まれない作品を留めるだけである。ゾンビのパンデミックを描く作品も少ない。それが「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド 死霊創世紀」(2000年)が制作された2000年以降から再び大量のゾンビ映画が制作されるようになる。2005年以降からはアメリカだけで毎年十四作以上のゾンビ作品が公開されているという、まさにゾンビ映画のパンデミックが発生だ。


・グローバル・クライシス(まん延する他者)


 興業的な成功をもくろんで制作されるブロックバスター型映画は、全体公約数的な時代の大衆が望むもの(この場合は大衆が怖いと思う不安の対象や状況)が、色濃く反映される。吸血ゾンビは、意思の疎通や話し合いで和解できる相手ではない。彼らはなにも喋らない無言の敵であり、我々がもっているイデオロギーを分かち合うことは不可能で、常識がまったく通用しない。そして大量に増え続けていき、どのような場所からでも入り込んできて、我々の生命を脅かす。彼らに噛まれてしまうと、親しくてやさしかった隣人や恋人が、その一員と化して、あなたに襲いかかる。吸血ゾンビが増えるだけ仲間は減っていき、やがてあなた一人だけが残されてしまう。いつ襲いかかってくるかわからない恐怖に脅えながら、あなたはたった独りで死を迎えるのである。その耐え難い死とは、自分とは思いたくない魂をもたない醜く腐乱した肉の塊となってしまうか、あるいは生きたまま彼らに喰われる苦痛に満ちた末期なのだ。彼らを完全に駆逐することは難しい。人間の武器の特性は、相手を断命させるか、動けなくしてしまうか、損傷を与え苦痛を与えるという、命あるものに向けられる前提のものなのだ。給血ゾンビは痛みを感じて屈することはない、すでにもう死んでいるのだから。


・他人の血と他民族文化


 ヒト免疫不全ウイルス(HIV)が免疫細胞に感染し、免疫細胞を破壊して後天的に免疫不全を起こす免疫不全症であるエイズ(後天性免疫不全症候群:AIDS)は1981年にアメリカのロサンゼルスに住む同性愛男性から初めて発見されて症例が報告された。それからわずか10年程度で感染者は世界中に100万人にまで広がっていった。エイズが広がり始めたころ、原因不明の死の病に対する恐怖は、アメリカから世界全土へと拡大していった。 


・他者の血に対する不安


 また2001年のアメリカでおきた航空機を使った前代未聞の同時多発テロ事件は全世界に衝撃を与えた。その後アメリカはアフガニスタン紛争、イラク戦争を行うことになる。テロの脅威が生みだしたのは、国家間の対立だけではなく、まぎれもなく文化圏と思想の対立であった。


 飛行機のマンハッタン高層ビルへの大規模衝突事件とは、ハイジャックされた米国民間機を使用した自爆テロであった。それは第二次世界大戦末期の日本がおこなった特別攻撃隊による神風攻撃と等しい。2001年当時アルカーイダによる自爆テロに対し「カミカゼ」という形容語が各種マスコミ(欧米、及びアラブ寄りのマスコミ)によって用いられていた。自らの命を犠牲にして敵に損害を与えるカミカゼ攻撃とは、死者となって襲いかかってくる生霊の攻撃に等しい。性行為によって他者と交わることで感染する疫病のまん延や、死者となって襲いかかる意思疎通できない他者の恐怖。それらの恐怖は吸血ゾンビの群れに置き換えられた。人々によぅて共有された恐怖を映画はそのようなかたちで表象した。それらの映画とは、共同体における群衆的な無意識が創り出した悪夢のようなものである。



6 夢の延長線上にある映画と恐怖による浄化作用


 人間の想像力は感覚や概念をたぐりよせて自分の内部に心的な像を作り出す能力である。想像力は自らの経験に意味を与えるさえする。外部を理解するための基本的な能力であり、人間だけがもつものごとを心の中で構造化する力である。この我々人間独自の想像する力が共同意識を形成して文明を創り出してきた。さらにないものをあるものとして捉え、自らが想起した対象どうしをつなぎ合わせて、関係性さえ創り出して、物語や空間を心の中に形成して、思想と哲学と宗教を創り出した。

 他の動物も夢を見るが、少なくとも人間の夢では、この想像力が働くことで、現実の体験と変わらないような、さらに実体験さえ越えてしまう内的体験を可能にしているのでないだろうか。


 理解や把握に不可欠な想像力はストーリーを聞くことで高められるとされる。映画が夢と同じように感じられるのは、この架空の物語を視覚的に展開していく性質にあるのかもしれない。人間は外部から押しよせるか、記憶や思考によって発生するか、反芻(はんすう)される「内在的情報」を、感覚と理解によって整合性のある意味へと変換してつなごうとする。物語が語られる映画を見ることで、我々は外的な想像力を受け入れて同調するか、あるいは自らの想像力をよりいっそう活性化して、高次のものとして働かせているのである。それゆえ映画は大きな影響力をもつ。プロパガンダやサブリミナルといった洗脳的な影響さえ可能になるのだ。


 覚醒時に考えていたことや、悩んでいたことが夢に影響するケースも多い。考えていたテーマに新しい着想を夢の中で得た事例は数多く報告されている。夢は多くの芸術の根源となっている。ブラム・ストーカーはカニの食べ過ぎで悪夢を見て、その夢の中で得たイメージを元に『吸血鬼ドラキュラ』を書いている。シュルレアリストたちは、主観や意識や理性が介在できない状態で偶然できたものを重要と捉えていて、意識の介在から解き放たれた夢の中には、われわれの普段気付かない超現実が出現すると信じていた。その夢見の体験はコラージュや自動筆記といった偶然性の強い手法で作る作品などに置き換えられている。


 夢を見るのと映画を見るのでは、脳が同じように活性化していて、同様の効果をもたらしている。夢と睡眠は生きていくために必要不可欠なものである。夢を契機として人間は永遠の存在や、別の世界を想像して信仰をつくりだした。

 フロイトが無意識を解明する鍵として捉えた夢とは、ストレスを浄化するような体験を自ら創り出しているものであるという考えに基づいているが、救いのない悪夢もまた、ある種の精神の浄化作用をもつかもしれない。人間の感性にとって、恐怖は快楽と同様の働きをもっていることは、脳の構造から推測されている。


 スリル感は映画の歴史の中で常に重要な要素であった。さらに映画で表される恐怖は、共同体における群衆的な無意識が創り出した悪夢のようなものである。


 映画は夢の一部か夢の延長のようなものとして機能しているように思える。夢によって我々は神や死者の霊を認め、知覚できない外界の拡がりや物事の捉え方に関わる認識を形成してきた。映画は夢と同様に精神を浄化し、社会幻想そのものを形成する他者と共有できる外的な夢のひとつなのである。

 

 映画そのものと夢そのものの関連性とは、映画を観終わったあとに訪れる情動の変化や影響と、目覚めて夢見の後に訪れる意識の有りようや思考への影響にまでおよんでいる。


以前見たことのある古い映画を見直す時、われわれはそれを懐かしいと感じる。それは過去に知覚した記憶が関与している感覚だが、確実に自らの実体験として映画を見たという、忘れかけて断片化していた


以上



・メモ:ゴーレムもゾンビも仮死状態 夢見る人 夢遊病 チェザーレ


・メモ:脳のこびとホムンクルス


・チェリンガ ドリーミング

 

 アボリジニ(アボリジナル――オーストラリア先住民)はドリームタイムと呼ばれる神話を受け継いでいる。この夢幻時代の神話では、天地創造・人類創造についての説話や、自分たちの祖先はこの土地にどのように行き着いたのか、あるいは太古の昔に起こった自然界の劇的な変化などが伝承されている。


 ドリームタイムとは、いわゆる「夢」を状態としてとらえているのではなく、それは生命の始まりから、終わりまでという時間の感覚で考えられています。彼らの考えでは、信仰心を持って想像の世界で生きていくという人生そのものが、ドリームタイムであり、ドリームタイムとは何万年もの昔から伝わる神話と伝説が交じり合い、個々が社会にとっての基礎を作り上げました。地球、海、太陽、星、岩、池、月と同じように人間も「生」の躍動であると語っています。



いかこうか〔イクワカウクワ〕【異化効果】


 《(ドイツ) Verfremdungseffekt 》ブレヒトの演劇論用語。日常見慣れたものを未知の異様なものに見せる効果。ドラマの中の出来事を観客が距離をもって批判的に見られるようにするための方法の意に用いた。


 しかし昔ナチスの拷問の一つに「夢を見させない」というものがあったそうだ。被害者が眠って瞼が動き始めたら起こすという行為を繰り返すと、睡眠は充分でも、夢を見られないでストレスが苦痛となり、この拷問を受けた被害者は自白に追い込まれたらしい。